◆ 6 ◆
「高耶さんすみません。騒がせてしまって」
直江は、麻衣子の腕を掴んでいた手を離し、高耶に向き直る。
「誰、それ」
高耶は、タオルで髪をガシガシと拭きながら、顎で麻衣子を指した。
その不遜な態度に、麻衣子は顔をわずかに歪ませる。
「うちの会社のお得意さんです。もうお帰りになるそうです」
「ひどい直江さん!」
麻衣子がヒステリックに叫んだ。
「ひどいわ!恋人と一緒だなんてやっぱり嘘じゃないの!どれだけ私を傷つければ気が済むの?!私、こんなにこんなにあなたのことを思っている・・・の・・・に・・・・・」
麻衣子は、目の前の光景に言葉を失った。高耶が直江に抱きついている。直江の背に腕をまわし、首筋に顔をうずめていた。
「高耶・・・さん?」
一体何が起こったのか。直江は混乱した。だが、混乱しながらも手は本能のままに高耶の背に添えられる。
「なおえ・・・」
熱い吐息が首にかかる。その熱を受けたように濡れた髪からシャンプーの爽やかな香りが立ち上る。それは甘いムスクのように直江を酔わせた。
「高耶さん・・・!」
直江は苦しげに眉を寄せると、高耶の腰に腕を回して折れそうなほど強く抱きしめた。
「高耶さん・・・あなたを愛している・・・」
「・・・オレも」
恥ずかしげにつぶやいた高耶は、直江の肩に愛しげに頬をすり寄せた。
「う・・・そ・・・」
その一部始終を、麻衣子は瞬きもせずに見つめていた。
「って訳だから、帰ってくんない?」
直江に抱きついたまま、高耶は首だけ動かして青ざめる女に言った。その顔には、勝者の微笑みを浮かべている。
「この人が私の愛している人です。どうやったって、あなたはこの人に敵いません」
直江がとどめを刺した。
「10秒以内に出て行ってください。さもないと警備員を呼びますよ」
それでも麻衣子は玄関で棒立ちになったまま立ち去ろうとしない。言葉もなく、ぐずる子供のように首を振る。あまりのショックに、直江の言葉も耳に入っていないようだった。
「なぁ、早くベッドに行こうぜ?」
高耶は、直江の股の間に左足を割り入れた。はだけたバスローブから、際どい部分まで素足を露出させ、エロティックに直江の足に絡みつかせる。
「そんなに挑発しないで・・・寝室で待っててください」
耳たぶを甘く噛みながら低い夜の声で囁く。びくりと高耶の肩が揺れた。それに小さく笑いをもらした直江は、名残惜しげに身を離す。
寝室へ行く高耶を視線で見送り、直江がふたたび玄関へ目を移すと、そこに麻衣子の姿はなかった。彼女が出て行ったドアが、ゆっくりと閉じてゆき、パタンと小さな音を立てて、その茶番は終わった。