◆ 4 ◆男は、この奇妙なお茶会を楽しんでいる様子だった。
ソファーに深く腰掛け、優雅に足を組み、顔には微笑を浮かべている。
警察に通報するかわりに説教でもされるかと思ったが、どうも違うようだった。単に楽しんでいる。そんな風にしか見えない。
(なんでこんなとこで、こんな男とお茶してんだオレ)
冷静になって考えてみるととても滑稽だ。
「・・・帰る」
すっくと立ち上がり、ベランダの靴を取りに行こうとした。
その高耶の背に男は言う。
「まだプレゼントをもらっていませんよ?」
「あのなぁ・・・」
「くれなきゃ帰しません」
「・・・・・」
高耶はふーーっとため息をついて、男に向き直る。
「ベランダに勝手に入ったオレがすべて悪かった。もうしない。謝る」
だからもう勘弁して帰らせてくれ。と、高耶はほとほと疲れ果てた顔で言った。が・・・
「謝らなくてもいいですよ。『サンタ』さん。それがあなたのお仕事なんですから」
男は白々しくこんなことを言い返してきた。
「・・・サンタクロースだなんてふざけたこと言ったことも謝る」
「おや、ちがうんですか?」
「あたりまえだろ!お〜ま〜え〜な〜、人をおちょくるのもいい加減にしろよ。オレは隣のビルにバイト代を忘れて、今晩の夕食も危うい不幸な苦学生だ!」
高耶は怒鳴った。
「そうですか・・・サンタクロースじゃないんですね」
「んな訳ねーだろ」
「そうですか・・・それなら遠慮なく警察に・・・」
男はポケットからおもむろに携帯を取り出す。
「うわっやめろ!わかった!オレはサンタだ!サンタクロースだ!思いっきりサンタだ!!」
そんな高耶の叫びを無視して、男の長い指はダイヤルをプッシュする。
「このやろっ!!」
高耶はそれを阻止しようと必死に男に飛びつこうとするが、片手で軽くあしらわれてしまう。
「あ、もしもし」
電話が繋がった。
「ああああ!」
直後、回れ右して阻止から脱出に行動を切り替えた高耶だったが、その襟首を男につかまれて逃げられない。ジタバタする高耶の耳に、電話の会話が入ってきた。
「クリスピータイプのSで、デラックスとシーフードミックスをお願いします」
「へ?」
高耶の動きがぴたりとやむ。
「それと、チキンのMも・・・」
まじまじと見上げた先には、必死に笑いをこらえている男の顔があった。
クリスマス・イブの夜に、見ず知らずの男が2人向かい合って、ピザを食べている。
もっとも、食べていたのは片方だけで、もうひとりの男は、それをほほえましく眺めていた。
「チキンもありますよ」
そう言って、箱を斜めに持ち上げて湯気の立つフライドチキンを見せつける。
ピザを頬張っていた高耶の目がそれに注目した。だが、それは男にかなり近づかないと取れない位置にあった。
もちろん男がそんな位置に置いたのは、わざとである。
逡巡した後、食い気に負けたのか、自棄になったのか、高耶は男をギロリとひと睨みすると、テーブルに身を乗り出してチキンを箱ごと奪った。
(散々からかわれた分、食ってやる!)
この男、明らかに面白がっている。高耶のことを暇つぶしのオモチャとでも思っているようだった。まだしばらく素直に帰らせてくれそうにない。
食欲のままに、怒りのままに、高耶の食は進んだ。
お腹がだんだん落ち着いてきた頃、
「飲み物もありますよ」
絶妙なタイミングで冷たく冷えたコーラの缶を差し出された。
それを見て、高耶の目がまた凶悪な色を帯びる。
握られてる、というより、不自然なほど男の大きな手に包みこまている状態の缶を受け取るためには、どうやってもその手に触れなければならない。
強い警戒心が頭をもたげる。・・・だが、喉はカラカラだった。
睨みながら、そろそろと手を出して受け取る。
「!!」
一瞬、ぎゅっと握られた。
「な!!」
あわててコーラを取り落とす高耶に、男はまた笑いをもらした。
テーブルの隅に置いたクッキーから、手渡しに・・・
小さな猛獣の調教師になった気分だった。
「この変態野郎・・・」
笑う男に高耶が毒づく。
男の手を握って何が楽しいのか。高耶は握られた手を冷たいコーラの缶に押し付ける。
・・・一瞬触れた男の手は、涼しげな外見とはちがい、やたら熱かった。