◆ 6 ◆高耶は森の中にいた。
鬱蒼と茂る木々と、割れんばかりのセミの鳴き声。
その中を、虫採りアミと虫篭を手に歩いていた。
木の幹に、カラカラに乾燥したセミの抜け殻がぶら下がっている。
高耶は、それがなんとなく可愛そうに見えて、そっと虫篭に入れた。
そしてまた歩いて行くと、今度は足元に白い貝殻の小さなイヤリングが落ちているのを見つける。
拾うとそれは、自分の免許証になった。
その時、前方から声がした。
「高耶さん・・・あなたが欲しい」
目の前に、琥珀色の瞳の大きなクマがいた。
(?!!)
高耶はビックリして、走って逃げ出す。
だが、さっきまであったはずの道が、なぜか倒木で塞がれて行き止まりになっていた。
(どうしよう・・・)
クマがじりじりと接近してくる。
そういえば、今年はクマが民家を襲う事故が多発してるんだっけ、と、混乱した頭の一部で、妙に冷静に考える。
(もう逃げられない・・・)
高耶は目を閉じ、死んだ振りをしてみることにした。
そんな高耶にクマが近づく。
間近で見られている気配がする。
でも、なぜか恐怖は感じなかった。
それどころか、その気配に優しさとぬくもりさえ感じる。
そっと、大きな前足(?)が高耶の頬に触れた。熱い息がかかった。
食われるのかな?と思った瞬間・・・唇が柔らかいもので包まれていた。
目を開けると、琥珀色の瞳と目が合う。
----クマは、人間になっていた。
「・・・?」
一瞬、何が起こっているのかわからなかった。
高耶は、こんなに間近で人の顔を見るのは初めてだった。
長い一瞬の後、それが、どアップで見た人の顔だということに気付く。
次に、その顔の主が、直江という男のものだということに気付く。
(なんでこんなに接近してるんだろう?)
寝起きのぼんやりした頭で、そんなことを考える。
その間も直江は、高耶が目を覚ましたことに驚くでもなく、ただその黒い瞳を熱く見つめ続けていた。
どちらの息なのか、ふー、ふー、と、漏れる熱い息が2人の間のわずかな隙間を埋めている。
しだいに高耶は、水中のような息苦しさを感じ、顔を背けようとした。
だが、それはできなかった。
直江の手が高耶の頬を、顎から掬い上げるようにして包みこんでいた。
高耶は必死に、その男の手を頬から剥ぎ取る。
だけど、それでも逃れられない。顔は磔にされたように動かせない。
(なんで?)
息が苦しい。
酸素欲しい。
その時、唇に・・・口の中に、違和感を感じた。
くちゅり。
粘着質な音が響く。
高耶は目を瞠った。
・・・その男の唇が、舌が・・・自分のものと深く絡み合っている。
それが、自分をここに繋ぎとめていたものだった。